タカツテムの徒然雑記

主にアニメや漫画・ライトノベルの感想を投稿するブログとなっています。

パディントン発4時50分 感想

犯人が他者に知られてはいけない事は数あれど、殺人の瞬間なんて目撃された日にはその時点でミステリはお終いとなる筈
けど、犯人は目撃されたと知らないし、目撃者の言葉を信じる者はかのミス・マープルだけ
本作はそのような導入を持つ作品だね

そもそも列車に乗っていたら別の列車で行われた殺人の瞬間を目撃してしまうなんてかなりドラマティック
これで被害者の死体がすぐに発見されれば、非日常に一歩だけ迷い込んでしまった身震いする逸話で終わるのだろうけど、生憎と死体は発見されず
だから目撃者のミセス・マギリカディは義憤に駆られるし、マープルも死体探しに本気になる

ただ、マープルは行動力が有るわけではないから実働の役割は他の人物に明け渡されて、その人物こそが本作を面白くしているね

ルーシー・アイルズバロウはクリスティー作品において特異な存在だね。強い女性は数多く登場しても、ここまで有能となると珍しい
有名大を卒業し学者になると思われていたのに家事労働の世界へ。けど、それが失策とならずに大成功を納めた点には彼女の有能さが現れているね
つまり彼女はとても魅力的な人間と言えて、彼女が入り込んだクラッケンソープ家の住民が彼女に首ったけになるのはある意味当然の成り行きだったわけだ


けど、これはクリスティーのミステリだから、彼女目当てで殺人が起きるわけではなく変わらず動機は遺産。けど、遺産の要であるルーサー・クラッケンソープではない人間が死ぬのだから、殺人の目的が見えてこないし、そもそも死体が誰だっかも見えてこないという珍しい傾向の作品

魅力的な登場人物、読者を翻弄する事件の推移
トリックや推理の過程は幾らか雑な部分はあるものの、最終的にマープルが示した事件の真実は納得できるもの。だからこそ、マープルが敢えて推理を披露しなかった最後の謎に興味を抱かずに居られないのだろうね

満潮に乗って 感想

推理小説においてワクワク出来る舞台装置は色々有るけれど、その一つとして挙げられるのは本作が扱う「大富豪の遺産を巡る殺人」だろうね
大富豪ゴードン・クロードの後ろ盾を頼りに生活してきた一族が彼の死と戦後の空気に拠って困窮していく様子はどう捉えても殺人事件の土台が整えられているとしか受け止められないもの

その一方で舞台が整えられ過ぎているとも言えるのが本作の面白いところ
ゴードン・クロードの遺産を横から掠め取るようにして手にしてしまった哀れなロザリーン。誰も彼もが彼女の死や不義を願うのは理解できる流れとして、その感情を後押しするように様々な噂が錯綜するのだから奇妙な話になってくる

事件が起きる2年も前にロザリーンの前夫が現れるとポアロの前で予言する少佐、事件直前にもクロード一族の女性が霊のお告げでロザリーンの前夫が死んでいないとポアロに教える
そして実際にロザリーンの前夫、ロバート・アンダーヘイを思わせる男性が現れるのだから本当に奇妙で面白い

舞台は非情に整っている。だからこそ、整っていない部分が引っ掛かりとなって事件をより意味不明なものとしていくわけだ


本作の特徴をもう一つ上げるなら、事件を起こす動機を持つ者が多すぎる点が挙げられるのだろうね
遺産を巡る心理的動揺がクロード一族やロザリーンの兄、デイヴィッドに巻き起こっているから誰が殺人を犯しても可怪しくないように思える
実際に私も読んでいる最中は「あの人が犯人だろうか?」と思った数分後には「いや、あっちの人が犯人なのでは…?」と迷ってしまうほど

誰も彼もが戦後の苦しさから遺産を自分の手元に呼び寄せたいとロザリーンの不幸を願ってしまう。それが誰が犯人になっても可怪しくない空気感を醸成し、ミステリドラマとして読み応えある内容となっていたよ


どのような事件だろうと、名探偵ポアロが関わるなら犯人は明らかになる。本作も例に漏れず混迷を極めた事件推移だろうと犯人は最終的に明示される
個人的には「そう来るか!」と様々な意味で思えるラストでしたよ
最高に面白いというわけではないけど、人間ドラマに絡めたミステリとしてはかなりの一品として仕上がっているね

象は忘れない 感想

とある婦人の奇妙な質問から幕を開く本作、作中で描かれる殺人はその質問対象となる1件だけというのに退屈させないのは著者の卓越した構成能力故だろうね


昔に仲睦まじい夫婦が自殺した。果たして先に銃の引き金を引いたのは父か母かどちらだったのか
そんな取り留めのない疑問が多くの興味を掻き立て、過去への探求を始めさせるのだから面白い

十年以上前に終わってしまった事件。センセーショナルであっても迷宮入りではないから現代でもその事件を探り続ける者は居ない
ならヒントを探る聞き込みは出来ないかと思いきや、意外や意外に覚えている者が居る。勿論、断片的だったり間違っていたり思い込みが多分を締めていたりと事実全てを覚えている者は居ないのだけど、それぞれがそれぞれの尺度で何かしらを覚えている
そういった好奇心が凝り固まった噂を集める事で過去へ迫っていくわけだ

思えば探偵役となるオリヴァやポアロだって捜査を始めた理由は好奇心に似た感情
でも、事件の影を引きずる若いカップルが前面に出てくるに従って、二人の行動理由も変わってくる
だからこそ、次第に見えてくる事件の光明はその新しい行動理由にリンクしているし、最終的に到達する事件の真相もその類である事に納得できる

そうして積み上げられた諸々が美しく描かれるクライマックスで真相が明かされた際には思わずうるっと来てしまったよ……