タカツテムの徒然雑記

主にアニメや漫画・ライトノベルの感想を投稿するブログとなっています。

人間失格 感想

読んでいると心がざわついて来るような作品でしたよ……

太宰治という人間をそのまま写し込んだようで居て、それとも人間の絶望を押し込んだようで居て
葉蔵という人物が辿った生涯は全て描かれているわけではないけれど、彼が体感した濃密過ぎる絶望が本作では人間という全てを表現しているようにも感じられる

はしがきで言及された3枚目の写真がてっきり老齢の頃合いかと思わせていただけに、終盤でそれが30歳手前だったと明かされた事で受ける衝撃は凄まじい


葉蔵という人物は不思議な人間性を備えた人物と感じられたな
少年期は愛嬌を振りまく事で人に好かれる人間となった。でもそれが自覚的且つ計算的に行われるとなれば、それは人間として異質という話になる。でも、ここで彼が何か得する為に愛嬌を振りまいているのであれば単純に嫌な奴と片付ければ良いのだけれど、彼の場合は人を怖がっているから愛嬌を振りまいている。他人という恐怖から逃れる為に道化を演じている
それが後年まで彼が人に好かれる要因となるのだけど、その点が葉蔵にとって全く自己肯定に繋がらない点には歪さを覚えずに居られない

その意味では少年期の彼に共感できる部分は少ないね
はしがきで言及されている1枚目の写真の印象に通じる話では有るけれど、大局的に見れば「いやな子供」という印象を拭えない

全く共感できない葉蔵という人物の印象が変わり始めるのはツネ子と心中する下りになってからかな。これから死のうという時に牛乳代を払うお金もない。何から何までツネ子に払わせてばかり
それは自らが失おうとしていた命にすら及ぶ
これは端的に言ってしまって駄目人間、又は人間の出来損ない
けれど、ここまでの醜態を見せつけたからこそ、読者は葉蔵の姿に自分の醜さを重ね始めてしまうのかも知れない

道化を演じて人に好かれていたのに、心中に失敗して女どころか命にすら振られてしまった彼はこの辺りから加速度的に堕ち始めるね
渋田が差し伸べた手は取れず、親友が見せた別の顔に幻滅し、厄介になった女の傍にすら居着けない
もはや人に恐怖していたのか、恐怖を人生としているのか曖昧になってくる

そんな彼にとって自分を曖昧とさせてくれるお酒が最高の友となってしまうのはもしかしたら当たり前の話かもしれなくて
そしてお酒に溺れれば溺れるほど、あれ程に抱いていた他人への恐怖が薄れて
後に彼が麻薬にハマるのも同様の理由か

人為的に己の絶望を薄れさせていた彼だからこそ、天然的に絶望や不信と無縁のヨシ子に惹かれたのかな?
ヨシ子と結ばれて得た一時的な平穏は結局ヨシ子という薬によって成立している。だから彼女が汚れてしまえば、もっと言ってしまえば無垢なる信頼で構成されたヨシ子がそもそも綺麗では無いという疑惑を持ってしまえば、葉蔵の人生は再び崩れてしまう


ヨシ子のあのような面が描かれると果たして人間として失格だったのは葉蔵だけだったのかという疑問を覚えてしまうね
葉蔵は病院に入れられた事で人間失格と自身に烙印を押すが、その前から人間として不出来な面が山程描かれてきた
でも、そんな葉蔵をマダムは擁護し彼の父をこそ批判する
また、葉蔵に悪い遊びを教えたのは堀木と言えるかも知れないし、他の人物とて人間としての不足や不出来を見出せるかも知れない

葉蔵だけが特別に失格だったのではなく、誰も彼もが失格だった。葉蔵だけが人間を象徴する超常的な存在かのように絶望を体現してみせただけで
そういった存在だからこそ、読者は『人間失格』を読んで葉蔵に自身を重ねてしまうのかも知れないと思いましたよ