タカツテムの徒然雑記

主にアニメや漫画・ライトノベルの感想を投稿するブログとなっています。

君と綴るうたかた(6) 感想

病状を少しでも理解していれば決して明るい意味に受け取れないたった1日の外出許可とデート
それでも夏織の心情を思えばその日は楽しく過ごす日となるべきで。その意味ではるりや芹などは「楽しい一日」という振る舞いを存分に出来ていたのかな
でも、それは夏織を取り巻く者達の思惑でしか無くて
中心となる夏織が更に踏み込んでくるとは予想していたけど、やはり衝撃を覚えずに居られない話が早々に展開されたね

虐めた側と虐められた側。事件から数年が経た段階で手紙を渡せただけでも奇跡的と言えるのに、夏織が望むのはそれ以上
勿論、強要できるものではないけど、夏織の人生を意味有るものにする為には二人が更に向き合う必要があって
二人共にあの件は忘れられず記憶に残り続けていた。別の経験で上書きしようにも簡単には消えなくて
だからトラウマ克服の為にはもしかしたら別の遣り方があるかもしれなくて。夏織の後押しが有ったとはいえ、あのるりが自分から雫に踏み込むとは意外だったなぁ
そこでるりが「夏織のため」ではなく「わたしの都合のためだよ…!」と言ってくれたから、きっと雫もるりの想いに応えようと、そして何の準備をしたわけでもない謝罪の言葉を出せたんだろうな


28話で描かれる最後のデート。唯でさえ貴重な時間をこうして雫の為に割いている。実態としては夏織自身の我儘に近い。雫ともっと一緒に居たいから思い出の水族館を再び訪れた
だから夏織の中にあるのは時間を惜しむ気持ちとなるわけで。「時間が進まなければいいのに…」と願う夏織に対して新刊小説の話をしてしまったのは二人が時間を共有できない象徴となってしまったのかも知れない

多くの場面で雫の前では笑顔をキープしていた夏織が顔を上げられなくて。その上きっと声に出すつもりなんて無かった筈の一言を発してしまって
これは雫の前だから見せられた恐怖なのか、雫が居たから出てしまった恐怖なのか。どちらにせよ雫が夏織の想いの全てを聞き届けた事には意味がある筈で
夏織と恋人ごっこを始めるまでは俯いてばかりで自分を消そうとしていた雫があの状態の夏織を前にして夏織を励ます言葉を発せられるなんてなぁ
雫は夏織と出会って大きく変わった。だから今の雫なら更に伝えられる想いもある訳だ


恋人ごっこをしている夏織を相手にしても。自分の小説を好きと言ってくれる夏織を相手にしても
どうしても言えなかったWeb小説に関する話、これはどう見ても雫の痛ましい傷なのだけど、これを敢えて夏織に晒す事によって雫の小説が、そして雫と夏織の関係が未来へ向かえるものになるのか
小説の中の夏織と病室の夏織は既に乖離を始めている。それを修正する為には現実の自分達の関係をどこへ向かわせるのかという目安が必要になってくる
それは未来の無い夏織に未来を作る行為に通じるのかもしれない

でも、やっぱりそれは小説の中の夏織を変える行為でしか無いから現実の夏織は……
既にタイムリミットは迫っていて、そもそも最後まで小説を見せられるかも判らなくて
それでも夏織から受け取った沢山を意味有る宝物にする為に筆を執った雫は本当に変わったと云うか、雫の中に夏織の人生が染み込んでいるのだと感じさせたよ…
だから、ちゃんと書き終わって、夏織がそれを読めて、最後の一文に答えられたのは本当に良かったなと思ってしまう……


夏織に明日は来なくて雫には明日が来て。夏織が居ない事を信じられなかった雫に届けられたのが夏織の最後の感想だなんてなぁ……。それどころか、雫が知らなかった恋人ごっこの裏側がこのような形で明かされるなんて

雫は覚えていなかったし知らなかった、夏織が自分に憧れて救われた瞬間
雫には夏織の病状はどうする事も出来ない。けれど雫が自分の為に書いた小説が夏織を救っていた、生きる力を与えていたというのは本当に心に来る……
雫は夏織を強い存在と見ていたけど、夏織は雫の強さにこそ救われていたのか……
それは夏織が雫から沢山の宝物を受け取っていた何よりの証拠で。手紙に幾つも「ごめん」と書かずにいられなかったのに、その後には「楽しかった」「ありがとう」が含まれて「愛してる」で結ばれる手紙には何も言えなくなる……

でも、夏織との時間が雫にとって後悔に終わるようなものではなかったからこそ、雫は閉じ籠もっていた自分から抜け出せて外の世界へ向けて踏み出せたわけで
自分の為に小説を書いていて雫がもっと大勢に見せる為に小説を書くようになるなんてね。それは何よりも雫の中に夏織が居る証拠
それは後悔とかネガティブな感情を伴うものではないから、雫は「今 私は幸せだから」と報告できるのだろうな…

ていうか、まさかあのような形で約束が果たされるとは…!その様子には涙を誘われますよ……!
また、るりや芹と後年になっても交流が続いていると知れたのも良かった…


物語序盤では突如始まった恋人ごっこの意味や背景がよく判らず、また夏織の思惑も見えなかった為に本作をどのように受け取れば良いのか判らない場面が多々有った。けれど、雫の過去や夏織の病状が明らかになるにつれて、沸き起こる感情の奔流にただ圧倒されるばかりで
この最終巻が発表されるに伴い第1巻から読み直したのだけど、最初に読んだ時は意味を見出だせなかった諸々の描写の奥深さにただ驚かされてしまいましたよ

恋人ごっこを遥かに超えて互いの命を綴りあった二人。その尊すぎる物語には心の底から感動をしてしまった。本当に良い作品を読ませてくれて有難う御座いますと言いたくなりましたよ