タカツテムの徒然雑記

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『ブルーピリオド』 感想

(C)山口つばさ/講談社 (C)2024映画「ブルーピリオド」製作委員会


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原作は読まないまでもアニメ版は見ていたから少し懐かしい気持ちになってしまったな
筋書きは知っている筈なのに、八虎が劇中で示す“情熱”には幾つものシーンで鳥肌が立つ程の驚愕を得てしまった。というより実写作品だからこそ得られる衝撃にやられてしまったという表現が正しいのかもしれないが


序盤の八虎は器用な人物として描写されているね
不良学生の如く頻繁に朝帰りしたと思えば、成績優秀で公立大学への受験は手堅い様子を見せる。それは他者が妬む程の人間的優秀さかもしれない
しかし本人が自身の在り方に満足出来ていないのが序盤の八虎における特徴か
その有り様は自分に深みを感じられないようなものだったのかもしれない。だからこそ重層的な青に惹かれ、その青を認めて貰えた瞬間の“情熱”に魅せられてしまったのかもしれない

序盤において八虎の美大挑戦は非常に無理のある代物として描かれている。それまで絵画に取り組んだ事がなく、資産に余裕が有るわけでもない。けれど、そんな人物の挑戦を鑑賞者がのめり込むようにして見届けられるのは、偏に佐伯先生の言葉があったから
「好きなことをする努力家は最強!」
これは無謀であろうと直向きに没頭していく八虎の挑戦を全肯定し後押しするもの

それでも彼に優位性又は才能があると描かない内容には舌を巻く
何も描けなかった頃より上達している筈なのに、美術学院に入れば彼我の優劣を直視せずに居られない。別の方面から彼の挑戦が無謀だと言い聞かせて来る
あの石膏像のデッサン群から放出されるパワーは流石と言う他ない

というか劇中に登場する絵画はどれもこれも凄まじい力を持っていたね
中盤頃まで八虎の絵は凡庸であると言葉を伴わなくても伝わって来て、他の者達の優秀さが伝わって来る絵ばかりだった
だというのに八虎が絵の中に己を見出してからは彼の絵に目を奪われるようになるし、それと競う者達の絵が必ずしも優秀との言葉だけで表現できるものでないと気付けてくる
そして芸大受験に集った者達の絵はどれもこれも工夫や芸術性が凝らされていると一目で感じ取れるものばかりなのだから面白い
それは単純にステージが進む毎に周囲の絵のレベルが上がっただけでなく、あの映画を通して鑑賞者自身の絵を見る目も鍛えられたのではないかと思えたよ


そもそもが狭き門、ならそれに挑戦する者達の本気度合いが低いわけもなく。ただ自分の好きを貫き通したかった八虎の絵が上手くなるに連れて、他人の“本気”に気付けるようになっていく構成は物語としての重層性を感じられるね
この点では恋ヶ窪やら世田介やらを挙げたくなるけど、その筆頭はやはりユカちゃんこと鮎川だろうね

この人物こそレールに沿った生き方をしていた八虎に疑問を呈した人物であり、序盤からレールを外れ自分の好きを貫いていた人物
だというのに彼の好きは度々否定される。それは交際相手だったり家庭だったり。彼の絵が劇中では表現されないため彼の精神状態を知る事は映画では難しいが、八虎とは対極的な在り方をしているように思える
母親が部屋に踏み入った為に芸大志望を知られるという内への侵入、から絵を通して母親の人柄を知るという内の理解、つまりは内側への受容を通して好きを貫く己を肯定された八虎に対して、鮎川は恋の相手から手酷い言葉を投げられ内心が、家族から部屋の物を捨てられて内面が。彼の好きが完全に否定されている

二人は対極的だから、序盤においては八虎に上の立場から挑発したり手助けしていた鮎川が終盤には立場が逆転し八虎の助けがなければ存在そのものを消失させかねない程に追い詰められている
八虎は“好き”や“本気”に成功した者であり、鮎川はそれに失敗した鏡写しの存在と言えるのかも知れない
だからこそ、二次試験を直前に控え精神的に追い詰められていた八虎にとって鮎川と共に裸の己を描く事が多面的な己の理解に役立ったのかもしれない


アニメでと13話掛けて描いてたものを本映画は2時間に纏めただけあって展開スピードはかなり早いし、もしかしたら原作を知る者には「あの描写が削られた!」と不満が出るかも知れないが、芸大受験を通して八虎の“情熱”を描くという点においてこれ以上ない物語と成ったように個人的には思えるよ

特に実写映画として良かった点を挙げるとするならば、眞栄田郷敦さん演じる矢口八虎の造形だろうか
隙のない不良然とした見た目や仕草の彼の姿は周囲に合わせるのが得手であるように見える。だからこそ、ピアスをイジリながら時折引き出される言葉に彼の“情熱”を強く感じてしまった

役者という点では高橋文哉さん演じるユカちゃんも良い感じになっていた
正直、アニメでは女性声優が演じていた為にユカちゃんには男性的要素より女性的要素を感じていただけに、現実の男性が彼を演じるとなれば自分は違和感を覚えてしまうのではないかと心配していたのだけど、心配要らなかったというか高橋文哉さんが演じなければユカちゃんには成らなかったのではないかと思える程にその存在が完成されていたように感じられたよ


総合的に言って、見て良かったと感じられる映画でしたよ