タカツテムの徒然雑記

主にアニメや漫画・ライトノベルの感想を投稿するブログとなっています。

ハロウィーン・パーティ 感想

話に派手さも深さも無いし、トリックも特異な点があるわけではないのだけど、それだけにクリスティらしさが詰まった作品と言えるのかな?


事件は愚かな少女が殺人現場を見たと吹聴した事から始まる。その構図は個人的に『葬儀を終えて』を思い出させるかな
自分の発言がどのような影響を生むか全く想像できていない愚か者の言葉が無用な殺人を呼び起こす。まあ、あちらはもう少し異なる構図ではあるけれど

本作の特徴を一つ挙げるならそれは被害者が幼い子供である点か
クリスティ作品によく見られる金銭も愛憎もあまり絡んでこない年代が被害者となれば、作中で盛んに言及されるように変質者や狂人による犯行を疑いたくなるもの
でも、そこに理性的な犯行動機があるならば、また被害者のジョイスが殺される直前に吹聴した殺人の話に意味があるならば

今回の事件をややこしくするのは、ジョイスの発言を信じる者が皆無な点だね。ジョイスの話を起点に事件の推理を進めるしか無いのに、彼女の話から事件の全容は見えてこず、従って彼女が目撃した筈の過去の事件も容易に見えてこない

ただ、ポアロはいつもの調子で事件関係者の話を聞き続ける事で推理を膨らませていくわけだ
そうして辿り着いた真相にやはり派手さはないのだけれど、子供が被害者として描かれたからこそ活きるラストであるようには思えたかな

ビッグ4 感想

読み進める最中は何処かチグハグな違和感を覚える作品だったのだけど、後書きを読んで納得。どうやら短編集を一つの長編ミステリーに再構築した作品だったようで

その為か次々と起きる事件の内容に関連性は無く、ただビッグ4なる存在が関わっている点だけが強調される
この次々と起きる事件というものが曲者で一つ一つの事件は短編らしく何らかのポイントに気付ければすぐに解決できる類。けれど、それぞれの事件の犯人は変装の名人であるナンバー・フォー、いわばポアロは毎度犯人を取り逃している事になる
それどころかポアロを挑発するかのように、その変装能力を利用して何度もポアロの前に姿を表すのだから堪らない
まるでおちょくられているかのような気分になってくる構成

でも、ビッグ4が関わる事件を解決し続けるとはつまり彼らの陰謀を邪魔し続けているとも言える訳で
何度も関わる内に少しずつビッグ4やナンバー・フォーの正体に迫っていく様子はミステリらしさに溢れている

ただ、難点を挙げればやはり事件が散発的である点や敵の謀略が荒唐無稽である点か
事件に関連性はない為にそれぞれの事件を解決しても直接的にビッグ4の正体に迫る要素は殆ど無いし、何よりも世界の裏側から陰謀を巡らす巨悪というのはどうにもポアロの敵に相応しくないように思えてしまう
そもそもビッグ4の首魁が登場しないままに終わってしまう点も消化不良気味に感じられるし

代わりに美点を挙げるなら、それはポアロヘイスティングズの何にも勝る友情だね
本作の始まりからして、両者が共に相手を驚かそうと何も告げずに旅行に出るシーンから始まるし、ビッグ4という巨悪を前に行動を共にする2人の絆はとても固いものだと感じられる
特にヘイスティングズが敵に捕まった際に命を失う危機を前にしてもポアロを危険に晒そうとしなかった姿勢や、ポアロヘイスティングズの妻を秘密裏に匿っていた様子等からは2人が互いを最良の相棒と認めているのだと感じられたよ

だからこそ、終盤のあの展開も活きてくるのだろうしね

スリーピング・マーダー 感想

眠れる獅子を起こすと厄介な事になる。それは誰もが胸に留めるべき教訓なのだけど、本作で起こしてしまうのは殺人
誰も殺人と思わなかったワンシーンが一人の女性の回想により突如起き上がる。序盤は唐突に、そして話が進む毎にゆっくりと殺人犯の足音が忍び寄る様子にはクリスティーの熟練さがそこかしこに活きていると感じられるね

本作の他にも殺人と思われていなかった過去の事件が現代に殺人として蘇る事件はクリスティー作品には幾つか有るけれど、本作の場合はそもそも事件とすら思われておらず、被害者のヘレンは駆け落ちしたと殆どの者に信じられていた点が特徴
グエンダ自身もこれまでヘレンの事など欠片も覚えて居ないどころか、殺人現場に自分が居た事すら覚えて居なかった
なのにとある台詞を聞いた瞬間から彼女は眠れる殺人の存在を確信するわけだ
その導入はホラー感が有りつつも、幼少時の鮮烈な記憶が残っていたという納得感が有る為に読者にも眠れる殺人の存在を確信させるもの

本作を面白くしているのは殺人を思い出すグエンダの存在だけでなく、彼女と共に事件を探るジャイルズの存在が有ってこそだね
若い新婚夫婦が選んだ家は妻が昔住んでいた家でおまけに殺人が有ったらしい。それに興奮して余計な捜査を始める二人の様子はかなり危なっかしくて他のミステリならば被害者候補に成りかねないもの
だというのに、ジャイルズは意外な賢さを見せるし、グエンダも素晴らしい直感によって選ぶべき道を選んでいる
また、田舎のお婆ちゃん感たっぷりのマープルが二人を支えているものだから、尚更に事件だけじゃなく事件に接する主要人物も魅力的に感じられる作りになっている


本作の主題となる眠れる殺人はとあるポイントを過ぎるまで本当に殺人が有ったのかあやふやままに展開する。唯一頼りになるのはグエンダの曖昧な記憶だけ
だから関係者も時には読者でさえも「本当に殺人が有ったのか?」と疑いながら捜査は進んでいく
そのような展開だったからこそ、眠れる殺人が起き上がり過去に関係する人物に牙を向いた瞬間には恐怖すら感じられ、その恐怖の正体が解き明かされた瞬間には興奮を覚えずに居られない

本当に上手い構成になっている作品ですよ

謎のクィン氏 感想

クリスティ作品の中でも異質さが群を抜いているハーリ・クィンを主題に据えた短編集
この短編集の魅力は本来なら探偵役となるハーリ・クィンが推理もしなければ捜査もしない点。それどころか事件への関わりだって少ない
なら、誰が推理を行うかと言えば人間観察が趣味のサタースウェイトとなるわけだ。ハーリ・クィンによって与えられた天啓を元に想像の輪を広げ事件の真相に気付く
本作は一般的なミステリと大きく異なる構図を持っているからこそ、面白さも際立ってくるね

そもそもからして、ミステリの短編集なんて或る一つのポイントに気付ければ真相も容易に気付ける構図となっている事が多い。その意味ではミステリの短編では必ずしも探偵が必要と言いきれないのかもしれない。素人探偵が活躍できる余地が生まれる
だからってハーリ・クィンに導かれたサタースウェイトの振る舞いは特異としか言い様がないのだけど

サタースウェイトは人間観察が趣味というだけ有って、気付くべきポイントにはおおよそ気付いている。でも探偵ならではの捜査・推理方法を持っているわけではないから事件に出会っても動き方を知らない
そこでハーリ・クィンが示す天啓が役立つわけだ。探偵でもないサタースウェイトはハーリ・クィンの存在に拠って自分に何かしらの役割があると確信する。それによって事件との向き合い方を見定められる
2人は相棒というわけでもないのに、まるでタッグを組んでいるかのように最良のパートナーとなっていくね


収録されている短編の中では『死んだ道化役者』が一番好印象を受けたかな

10年以上前に終わった話だった拳銃自殺。それが現場をモチーフとした絵画をきっかけとして過去への追憶が始まり、役者が揃い、そして真相へ到る。その上で恋の端緒も見え隠れする
本短編集の魅力が詰まった話であるように思えましたよ

ABC殺人事件 感想

あまりに華麗なトリックである為に、記憶を無くしてもう一度楽しみたいミステリーというのは世界中に幾らでも存在するだろうけど、その筆頭に名を連ねるかもしれないのが本作だね

ポアロに届く挑戦状、そしてABC順に次々殺される被害者。通常の殺人事件とは全く異なる論理で進展する事件はあまりにも刺激的。最後に待ち受けるどんでん返しも素晴らしいが為に、本作のネタバレもミステリ関連の先入観も全て無くしてもう一度騙されたい翻弄されたいと思ってしまう、そんな素晴らしい逸品。

何らかの法則によって殺人が行われるというのは、ミステリにおいて頻繁に見られるようになった手法ではあるけれど、それを最も効率的そして劇的に成し遂げたのが本作だと思っていたり

例えば本作が単純にABC順によって殺人がされるだけではここまで評価される事は無かったと思う。更なる要素としてABC鉄道案内やポアロへの挑戦状が存在する為にこの連続殺人は読者の関心を寄せるものになる
そして関心を持って読み進めれば進めるほど、犯人の術中に嵌っていく素晴らしい構造にもなっている。


殆どのクリスティ作品では犯人は主要な登場人物の中に居て、ある程度容疑者も絞られた描き方がされる
でも本作の場合、ABCという殺人犯が最初から存在するものの、それが誰なのかという点はまるで判らない
ある人物の登場によって、ABCの正体が朧気に見えるようになってくるがその人物はポアロと出会わないままに話は進む。だからか、連続殺人は止まらない

犯人の目星を付けられず手掛かりも得られない
そんな状態でポアロが探ろうとしたのは殺し方だね。彼はホームズのように事件現場に這いつくばるのではなく、被害者の殺され方から犯人の性格を見出そうとした。それに一致する者をイギリスの何処かから探し出そうとした

その推理方法がどうなるかは本作を最後まで読めば判るけれど、犯人のトリックだけでなくポアロの推理内容にも読者は翻弄される事になるのだから、本当に贅沢な作品だと思えるよ
それでいて、ポアロによって事件の真相が明かされた時には全てに納得できる点は素晴らしいの一言ですよ

ヘラクレスの冒険 感想

短編集だけど、そこに「ヘラクレスの難業」というテーマが加わる事でそれぞれ別の事件がひと繋がりであるように感じられるね
また、あくまでも難業であり難事件に限っていない点が面白さを生み出している。だから本来ならポアロが依頼を受けるような案件でなくても難業との関連を見出だせれば受け付けてしまう。それが本作に収録された短編をバラエティ豊かにさせているね


収録されている短編は先述したようにバラエティ豊かなものばかり。だからむしろ真っ当な殺人事件の方が少ないくらい
その意味では事件への対処法すら曖昧な形で始まる『レルネーのヒドラ』は導入も終着も面白いものだったかな
いつまでも止まない噂。その根本に居た怪物を探し出したポアロの手腕は見事の一言

『アウゲイアス王の大牛舎』では珍しい行動を採っているね
大物政治家に降り掛かった一大スキャンダル。普段ならスキャンダルの原因となった事件等の調査に乗り出しても可怪しくない
でもポアロはその政治家の人柄を信頼できるとむしろ協力しているね。まあ、一応は世間にスキャンダルの内容そのものは報道されているから完全に隠蔽しているわけじゃないんだけどさ

意外性が有ったのは『ヒッポリュテの帯』かな
よくよく考えたらミステリでは珍しくもないトリックなのだけど、2つの事件が重なり描かれた事で騙されてしまったな
ミステリは「騙された!」と感じた瞬間がとても気持ち良いだけにこの短編は読後感がとても良かったよ

でも一方で『ヘスペリスたちのリンゴ』のオチも中々に好みだったりする

カリブ海の秘密 感想

療養のためセント・メアリ・ミード村を離れて遥か彼方の西インド諸島を訪れたミス・マープル
そこは最早リゾートだからセント・メアリ・ミードのような人間関係は生じないかと思いきや、裕福な人間たちが限られた空間に集うわけだから根本的な人間模様は変わらない
つまり噂も憶測も飛び交うお喋りの坩堝と化すわけだ

ゴールデン・パーム・ホテルにてお喋りの代名詞となっている人物がパルグレイヴ少佐だね
ミステリにおいて、口が軽い人間が殺される率は高いものだけど、彼もその例に漏れず
ただ、この場合に厄介だったのは彼があまりにお喋りだったせいで皆が彼のお喋りを話半分にしか聞いていなかった事か

誰も彼もまともに聞いてないのに、パルグレイヴ少佐はお喋りのせいで殺されてしまった
マープルは人との会話からその人柄を読み取るのが得意なタイプだけど、肝心な人物の話が曖昧なものだから推理も上手く進まないという点が今回の事件の特徴かな

また、もう一つの特徴を上げるなら、マープルの助手役となった人物が風変わりと云うか驚きの人物であった点だろうか
マープルは療養に来るくらいには体の自由が効かない状態。おまけにポアロのように名探偵を名乗っているわけでもないから警察を自由に動かせもしない
だから彼女の代わりに動いたり、考えを補佐する人物が必要となるわけだけど、まさかあの人物がマープルの助けになるとは思わなんだ
マープルの推理力に感激し協力的になる人物は数あれど、あのような姿勢から協力的になった人物はかなり珍しいんじゃなかろうか?


あと、特徴と言える程のものではないけど、あとがきで言及されているように、本作はマープルの柔軟な姿勢が目立って居るね

ゴールデン・パーム・ホテルでは知り合いがいるわけでもなく、むしろ彼女と年の離れた人物ばかり。夕食時にはスチール・バンドが鳴り響くなど彼女向けの環境とは言い難い
それでもマープルはその環境を楽しもうと自分の言い分を他所において、全く異なる生き方をする人物の話に耳を傾けるし、スチール・バンドも好きになろうと努力する

そういった控えめな積極性が噂をかき集めなければ真実に到達できない事件の解決へ近づく助けとなっていると読み終わると判るね